宝塚歌劇今昔ブログ:ベルサイユのばら45(前編)

宝塚
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初代ベルばらと言えば、かれこれ45年前。

当時、小学生だった私は(は?何か?)インフルエンザで正月早々寝込んでいて
NHKで母親と一緒に初めて宝塚なるものを見たのが最初でした。

 

それが「ベルばら」
オスカルが安奈淳で、アンドレが榛名由梨。

 

フェルゼンが松あきらで、マリーアントワネットは上原まりでした〜。
ここまで読んで、

 

「それ花組ね」

 

と、思ったあなたはきっと同世代ですよね。

 

当時のスターさんと今のスターさんとでは同じ宝塚でも全く違い世界感を醸し出していたのですけどもしご興味がおありでしたら、どうぞ最後までお読みくださいませ。

 

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住む世界が違う感を漂わせていた安奈淳様

 

当時のスターさんって今と違って入り待ちをしても、出待ちをしても手すら降ってくれないことがほとんどで本当に雲の上の人って感じでした。

 

特に安奈淳さんなんて人見知りの代名詞のような方でしたから
ファンにサービスするなんて絶対になかったんですよね。

 

やっぱり今のようにファンクラブがあって、幹部と呼ばれる人たちがぐるっと周りを取り囲む訳で幹部のトップさんは、安奈淳さんの愛車のミニクーパーを運転して楽屋口に横付けしてましたね。

それで、車から降りてササっと姿を消してしまうその一瞬を見る!という感じでした。

 

出待ちも同じくです。

 

ミニクーパーに憧れて、大人になったら絶対にミニクーパーに乗ろう!と思ったものですけど
大人になったらあんなに燃費が悪く、しょっちゅう故障する車は嫌だ〜と愛車には選びませんでした。

 

でも、安奈淳さんが乗っていると物凄く可愛く、高級で、選ばれし人が乗る車のように見えたものでした。

 

昭和のスターさんって宝塚に限らず、誰しもがご飯なんか食べないのかも?トイレなんか行かないのかも?と、思わせるようなカリスマ性に満ちた方が多かったような気がします。
そんな時代だったんでしょうね。

 

梅田ロフトで見た安奈淳さんのオーラが凄くて泣いた日

 

そんな私も社会人になり、大阪で仕事をしていた時のこと。

梅田ロフトに立ち寄って撮影の素材を借りに行った時のことです。

荷物を両手に持ってロフトを出ようとしたら、なんと雨。

 

それも結構降っていて、折り畳み傘を出そうとカバンをゴソゴソしていると
隣にロングコートを素敵に着こなした女性が立ったのです。

 

何気にお顔を見ると

 

なんと、安奈淳様!!

 

もうとっくに宝塚は退団されていて、年齢もそれなりに重ねていらっしゃったのに相変わらずのスターっぷり。

そのオーラにしばらく見とれていると、傘を持っていらっしゃらないことに気づきました。

 

え、傘ないん?買いにまたロフトの中に入るんかな?

 

とか思っていると、そのまま傘もささずに茶屋町の人混みに消えて行かれましたとさ。

 

え〜〜〜!!何それ!映画のワンシーンなん?これ!

 

と、心の中で叫びましたよ。

 

最近では全くテレビでも、舞台でもお見かけすることはなくなりましたが
私の中では永遠の宝塚トップスターさんですね。

 

髪型決まりすぎ王子の紫苑ゆう様

 

小学生で宝塚にハマって、しかも関西在住となると、どうしても受験してみたくなるんですよね。

私もつかの間、宝塚の舞台に立つという夢に酔いしれて、バレエだの声楽だの日舞だの習い始めました。

 

バレエの先生が紫苑ゆう様の同期だったこともあって、バウホール公演をバレエ団のメンバーと先生とで観劇に行ったことがありました。

 

観劇の後は、楽屋に連れて行ってもらって紫苑ゆう様に会わせてもらうという最高のオプション付きで。

 

紫苑ゆう様は、舞台で見ても、楽屋でお会いしても紫苑ゆう様でした。

紫苑ゆう様は、代名詞も紫苑ゆう様です。

もう、存在自体が紫苑ゆう様で、見た途端に「あ〜紫苑ゆうだ〜〜」となります。

 

髪型がバッチリ決まっていて、舞台の後なのでメイクもバッチリ。

ワサワサの付けまつ毛の大きな瞳で見つめられるという、若い娘には刺激の強すぎるご褒美をいただいてしばらくは自分も紫苑ゆう様になったような気分で過ごしていました。

 

彼女もやはり生まれ持っての宝塚スター。

圧倒的なカリスマ性を持って宝塚に降り立った王子様です。

 

昭和の匂いプンプンです。

 

現在も宝塚音楽学校の講師として、以前と全くおかわりのない完璧な王子様のままの容姿でレッスンをされているようですね。

 

まさに生きた教材。

 

予科生、本科生よ!私をご覧!!

 

これでレッスンが完結しそうです。

 

音楽学校時代からトップだった天海祐希様

 

これでも受験生だったので、それなりに宝塚音楽学校に合格した友達を持っていた私ですが
もう、すっかり夢も敗れた頃に現れたのが天海祐希様です。

 

友達の同期だったんです。

 

なので、すみれ売りに行った時に初めて天海祐希様を見かけたのですが

 

出来上がってるわ、この子…

 

というのが感想です。

すでにファンもいたのではないでしょうか。

宝塚のファンって青田買いされますもんね。

 

ちょうど今の松岡修造さんの娘さんのような感じでしょうか。

あそこまで加熱してませんでしたけど、それでも確実にトップになるな〜という感じでした。
テレビの取材も天海祐希様だけを追っかけてたところもありましたよね。

 

天海祐希様は今までのトップさんとは違って、ちょっと地上に降りた王子様でしたね。

未熟なトップで可愛い〜〜という感じ。

悩んで、もがいて、一つの役を作り上げるという感じ。

 

容姿がアイドルのようで、背が高くて、見てるだけで胸がキュンキュンするような感じでした。

 

もう可愛い〜〜〜!!

 

天海祐希様は月組で、その前にトップだった大地真央様、涼風真世様はまだ遠い存在って感じでしたけどね。

彼女は手を伸ばせば届きそうな感じの王子様でした。

 

いや、アイドルでしたね。

 

彼女を境に、宝塚のトップスターさんもアイドルっぽい感じになったのでは?と思います。
そして、短命なトップスターさんの走りの方でしたね。

 

もう辞めるの?

 

て感じで、あっという間に芸能界に入ってしまいました。

その後のトップさんも結構短命ですぐ辞めちゃう感じでしたよね。

 

という感じで、前編終了です。

 

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まとめ

 

昭和の宝塚トップスターは本当に浮世離れしていらっしゃる方が多かったです。

 

生活感が全くないというか、食事とかトイレとか絶対に無縁に思える存在でした。

 

たまに梅田阪急百貨店で見かける時がありましたが、デパートで見かけることはあってもスーパーでは見たくない!という感じでしたね。

 

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